イノベーションには、ビジネスモデルを実現させる運用が大事
イノベーション創出の方法論や事例はいたるところで語られている。Twitterにも、#Innovation ハッシュタグがあるぐらいで、世界中のビジネスマンや経営者は、イノベーションを欲している。ある大学に年に何回か出かけて、イノベーションをテーマにした議論に参加しており、少し整理して話すきっかけがあったので、ここに書いてみよう。
最近、OTSM-TRIZという発想支援ツールの専門家とやりとりする機会があって、その方からいただいた資料を眺めていたら、イノベーションには、3つの要素が必要であるという記述を見つけた。
A もの:(優れた)製品やサービス
B 価値:画期的なビジネスモデル
C 運用:ビジネスモデルを実現させる運用・提供方法
私が知らないだけで、著名なマーケティングや経営論の本にはすでに書かれていること基礎的なことだとは思うが、私には新鮮だった。枕詞として、イノベーションはTechnologyであるという刺激的な記述(このことは、別途書いてみたい)があったものだから、それと抱き合わせで読んだから、よけいに印象に残ったということもある。
イノベーションは、転がっているものをうまいこと見つけるとか、MBA出の誰かが発想すればいいというものではなく、上記ABCの、もの・価値・運用のすべてがそろっていることが必要で、しかも高度に統合化されていなければならないと理解した。この視点で過去のいろんなイノベーション事例を眺めてみると、実に小気味よく説明できることがわかった。
前半と後半に分けて書くことにして、今日のトピックは、新しい価値を理解するのが、実は難しいという話から始めよう。何故日本でイノベーションが起こりにくいかも、他の記事を合わせ読むと素直に合点がいくので、こっちは次回のトピックに。
過去の経営者たちもイノベーションの潜在価値を見抜けなかった
実は、現在大きなビジネスあるいはインフラになっている技術も、世の中に出た当時、その価値を見抜けなかった人たちはたくさんいたのだ。著名な経営者でさえも。
- 電話:「遠隔地間のコミュニケーション手段、ニーズの大きさ」という潜在価値を見抜けなかった
"This 'telephone' has too many shortcomings to be seriously considered as a means of communication. The device is inherently of no value to us."
-
- Western Union internal memo, 1876.
- ラジオ:「放送、音楽・情報が誰にでもどこでも届く」という潜在価値を見抜けなかった
"The wireless music box has no imaginable commercial value. Who would pay for a message sent to nobody in particular?"
-
- David Sarnoff's associates in response to his urgings for investment in the radio in the 1920s.
- コンピュータ:「科学研究以外の大きな実用性」という潜在価値を見抜けなかった
"International Business Machine (IBM) will never develop electronic computers."
-
- From Reply of IBM company to John Vincent Atanasoff about the first electronic computer he proposed to the company in 1938.
- パソコン:「 個人が使う用途(ワード、エクセル、メール、WEB)」という潜在価値を見抜けなかった
"There is no reason anyone would want a computer in their home."
-
- Ken Olson, president, chairman and founder of Digital Equipment Corp., 1977
イノベーションの、3つの要素をもう一度確認してみよう。これらの歴史的事実が示しているのは、優れたものが目の前にあっても、価値に気付くことがいかに難しいことかということだ。優秀な経営者(であった人たち)にとってさえも。
また、共通しているもう一つの視点は、既存の価値観でしか見ていないということだ。既存の価値観からすれば、イノベーションを引き起こす可能性のあるものは、”ばかげたもの”にしか見えないということだ。これを逆に見ると、古い価値観しか持たず目が曇っている人たちに、ばかげたものと判断されたら、むしろラッキーで、イノベーションの可能性ありというお墨付きの第一段階を通過したと同じことなのだ。感謝しないといけない、本当に。この法則を利用しない手はないと思う。
ものよりも運用が重要
イノベーションは価値創造であるから、必ず、破壊されるべき既存価値をそれに基づくビジネスを行っている既存業界が存在する。イノベーションを引き起こす、ものが登場時したときの初期反応は、すでにいくつかの例で見てきたように、例外なくネガティブである。
重要なのは、実は提供と運用だ。下記のiPodで見て欲しい。当初、iTuneは脇役であった。それだけでなく、なんで要るの?既存のケイタイ文化からすれば、iPodから直接ダウンロードできないのは、遅れているとか不便とか思われた。しかし、iTunesが実は、ビジネスモデルのなかの最大の立役者なのだ。これにより、PCを通じて音楽ライブラリを個人で持つというしかけが実現した。PCしか知らない消費者も取り込むことができた。さらに、その後のiPhoneの展開にも共通のインフラになった。iTuneが持つヴィジョンこそ、おそるべき戦略眼に基づくものと言わねばならない。
既存業界 | 音楽CD産業 | |
既存価値 | CDから自分でコピー | |
初期反応 | iPodは大した機能がない |
↓
ビジネスモデル | iPod所有による生活スタイル提案 | |
製品・サービス | 一曲ごとにiTunesから購入 | |
提供・運用 | PCと連動したiTunes |
↓
創造価値 | 音楽の個人ライブラリ携帯文化 |
iTunesという運用のしかけがなければ、iPodというビジネスモデルは成功しなかったのは、いまやみんなが知っている。日本でもソニー始め他の会社も追っかけたが、端末を作るのはすぐにできても、iTunesに匹敵する音楽配信インフラを構築する、しかも、利用者がうなるほど使いやすく作るのは、結局できていない。ビジネスモデルのインフラである運用技術が、実は大きなカギであることがわかる。
このパターンで、他のいろいろなイノベーション事例を見ていこう。
既存業界 | ソフトウエア販売産業 | |
既存価値 | ソフト・サービスは売るもの | |
初期反応 | ビジネスにならない |
↓
ビジネスモデル | 情報検索の価値、検索連動広告 | |
製品・サービス | あらゆる情報の検索・収集とその保存・整理・共有・利用手段 | |
提供・運用 | WEBサービス、個人情報カタログ |
↓
創造価値 | Cloud Computing文化、ネット広告産業 |
- Amazon
既存業界 | 本屋と本流通業界 | |
既存価値 | 本は見て買うもの | |
初期反応 | 在庫・流通コスト大 |
↓
ビジネスモデル | ネットでどんな本でも揃う | |
製品・サービス | WEBサービスと連動した発注システム | |
提供・運用 | 低コスト・短時間の在庫・流通のしくみ |
↓
創造価値 | Long Tailマーケット発掘 |
既存業界 | パソコンメーカと量販店 | |
既存価値 | 量販店が安く、製品種類も十分 | |
初期反応 | 量販店と競合、個人向けカスタマイズ無理 |
↓
ビジネスモデル | 受注生産直販モデル | |
製品・サービス | WEBサービスと連動したモジュール型製造システム | |
提供・運用 | 中抜きで、低コスト・高品質生産を行うしくみ |
↓
創造価値 | パソコンの受注生産ビジネス(BTO:Built to Order)確立 |
- ユニクロ
既存業界 | 衣料販売・流通産業 | |
既存価値 | 衣類は流行が重要 | |
初期反応 | 安い=質確保できない |
↓
ビジネスモデル | 大量生産+流行創造 | |
製品・サービス | 普段着に特化 | |
提供・運用 | 中抜きで、低コスト・高品質生産を行うしくみ |
↓
創造価値 | 高品質で安くファッション性の高い普段着の需要発掘 |
既存業界 | メール・ブログ・SNS | |
既存価値 | ツールを使い分ける | |
初期反応 | 140文字のつぶやきを共有して何の意味が? |
↓
ビジネスモデル | リアルな情報・出来事・考えを限りなく単純に伝えるしくみ | |
製品・サービス | 多対多のメッセージ送信・共有サービス | |
提供・運用 | つぶやき情報のFollow/Follower |
↓
創造価値 | 世界規模リアルタイムの情報伝達手段、メール・ブログ・SNSの統合ニーズ、新たなビジネスツール |
どうだろう。かなり荒っぽい、いい加減な分析だけれども、このように整理すると、だいぶ共通項が見えてくるのではないか。この号に続く記事では、今回の分析ルールをベースにして、イノベーション創出のための日本の課題を、洗い出してみたい。
<2010年5月12日追加>
- イノベーションのジレンマという切り口での説明がとてもわかりやすい。My Life in MIT Sloan−自社事業を破壊するイノベーションが出てきたとき
- 本日から、ITmediaに、岩下 仁氏執筆による、「イノベーションコンセプト入門」という連載が始まりました。さすがに、プロの内容と書き方は違います。ぜひご参考に。
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今日の1枚
芸がないけれど、2回続けて多重露光の写真。緑が緑に乗っかって、絵画的になるのが、お遊び的で好きだ。
@厚木森の里 - Nikon D300 -
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