CAEを志す人たちへ−あるいは、専門技術に従事している若い人たちへ

最近、投稿用HPに、

CAEエンジニアで一生食っていけるか?


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という問い合わせがあり、ツイッターで紹介されていました。下記のような非常に真摯なコメントが書かれていました。

CAE専任部署(規模小さい)へ異動願いを出す予定
・花形部署から後方支援部署への異動希望につき昇進は遅れる見込み
・それでもCAE がやりたい。やるからには生涯これで食っていく覚悟。→自分の考えは甘いのかと思い、投稿させて頂いた次第です。


そこで、私なりに、質問されていたさんに、ブログを通じて回答を差し上げたいと思いました。


=== 以下、レター形式の回答です。 ===

さんへ

私は曲がりなりにも、シミュレーションやCAEとの付き合いを25年続けてきましたので、若干の見聞と経験を踏まえて、アドバイスを兼ねながら、貴方にエールをお送りたいと思いました。


私は、ずーっとベンダー側にいた人間です。ハードとソフト両方です。自分でものを設計をしたことはありませんし、作ったこともありません。ですが、ベンダーにいた経験上のありがたいところとして、自動車会社ほぼ全社、重工メーカ、電機・精密メーカ、材料メーカなど幅広い企業の、IT、CAE、設計、研究部門の方々とお仕事をし、たくさん話しを伺ってきました。そうしますと、おのずから、共通項が見えてきます。悩みや苦労も、産業や企業に寄らない部分が非常に多いのです。



良く知られているCAE懇話会やベンダーや学会主催のセミナーで皆さんと会うと、CAEをやっているというだけで、昔からの友のように会話ができてしまうのです。Twitterで、#CAEJP というハッシュタグで盛り上がっているのは、Twitterだからということだけではなくて、同じ業務に従事・協業しているもの同志としての、共感や議論を欲しているからでしょう。とても納得できることです。


さて、本題に入りましょうか。CAE担当者の地位とか、出世できるのか、という議論は従来から意外とあちこちで、裏でも表でもされています。その不安には、貴方が書いておられるように、”本流である設計部門に比べて、CAEは本流でない、後方部門”という企業内での位置づけ、従業員にそのように思い込ませる、人事評価の実態があるように思われます。


このレターは、激励のために書いていますので、いろいろな方が指摘されているような、明るいとはいえない現状分析は別の機会に譲ることにして、あるべき姿を語るとしましょう。結論から言いますと、CAE関連分野はまだまだ開拓の余地が十分にあり、明るい未来があると、私は考えています。ただし、単にCAEに従事すれば自然に明るい未来に乗っかれるわけではなく、ある意味で“正しい位置取り(ポジショニング)と視点”が必要であるということも、指摘しておきたいのです。こういう場合の定番として、3つ挙げましょう。



(1)コアを確保せよ −現物の設計、試作、実験を経験し、専門のCAE分野を強く意識して、極める

ものを実際に設計し、触る体験が、これからは益々減っていくでしょう。CAEに従事する人たちにとっては、数少ない貴重な体験になっていくでしょうし、可能な限り、現物と付き合う機会は継続していくべきだと思います。さんは、すでに経験しておられますね。(私の場合、この(1)ですでに不合格ですので、今でもCAE語るとき常に不安感や後ろめたさに襲われます。)


その上で、自分の原点としての、コアになるCAEの専門分野をぶれずに保ち鍛え続けること。さもないと、特徴のないジェネラリストになってしまいます。出身地を意識するということですね。ここを鍛えてくれる先達や仲間、組織はたくさんあると思いますので、私からはこれ以上申し上げることはありません。どんどん深掘りしてがんばってください。


(2)横つながりの視点を持ち、第2分野を持つ
ここからが、実は本題としてお伝えしたいことなのです。もし、構造解析が自分のコアだとしたら、あなたの隣の席か、部署に、同じ製品を機構解析している人、材料設計している人、落下試験をしている人、制御をやっている人などがいるでしょう。第2分野の意味は、“隣の分野”のどれか一つ選んで、少なくともそちらの専門家と会話ができる程度の、知識を持つということです。


CAEでは専門分野が明確に住み分けられていますので、専門家は“閉じる”傾向にあります。しかし、本当にいいものを作るには、異なる専門家同士が良好にコミュニケーションを取る必要があります。お互いの領域を相互に“侵食”し、理解・議論できることが極めて重要なのです。おそらく、大半のCAEに従事している方々は、相互の理解が不足し、“ギャップ“が生じているとどうなるか、という悲惨な経験をされているはずです。


第2分野を意識して持つということは、他分野への“侵食”をしぶしぶではなく、意図的に行うということです。さらに、“侵食”したい分野が見えてくるかもしれません。設計は、本来「複合領域問題」です。すべての専門領域を理解できるスーパーエンジニアはもちろん無理というもの。しかし、二つ経験するだけでも、十分に複合領域的視点が広がるはずだと思うのです。それにより、技術者としての成長の幅も大きく広がるでしょう。


世の中の技術は、より複合領域的、エンジニアには複眼的視点が求められていきます。これを先取りすることで、生き延びる方向を自らつかむ機会が増えると思うのです。



(3) 縦つながりを見て、誰から、誰に、を意識した仕事をする
自分の仕事(処理)の”入力先“と”出力先“を考えたことがありますか。自分が仕事をするための情報やデータが誰から供給され、自分が処理した、データを誰が使うのか、ということです。ふだん、データは、コンピュータ内のフォルダーや、DBの中にありますから、”誰“を意識することは、あまりないのではないでしょうか。専門分野で仕事をしていると、ともすると、今やっていること、だけに注力してしまい、特に、自分の結果を待っている人が何を欲しているか、がブレてしまうことがあるものです。


どこの会社でも顧客を意識せよと、言われるでしょう。しかし、顧客に直接つながりのない部署で顧客を意識するというのは、どうすればいいか、実際には難しいですね。実はその一番の近道が、自分の仕事の入出力に関わる人たちが、自分にとって最も身近な顧客であると考えることなのです。組織全体がそういう意識で仕事をすれば、各人がおのおのの立場での顧客視点を持つことができ、それが会社全体の顧客視点になるわけです。


例えば、上流から受けた設計モデルの意図を十分に理解しないままに、必要のない補強を加えたり、自分が設計変更した影響に気付かず、(下流の)思いもよらず製造条件に影響を与えていたり、ということがあるかもしれません。これを顧客視点で考えると、ずいぶん、顧客に迷惑をかけているということになりますね。


これからは、仕事の流れ・データの流れを強く意識したIT化がどんどん進んでいくでしょう。この観点は私がいままさに会社で行っている業務に関わっているので、詳しくはお話しできませんが、CAE-シミュレーションによる設計業務は、製造企業にとって、間違いなく競争力の源泉になります。CAEは、後方支援部隊ではなく、最前線部隊になるのです。CAEの本質は、シミュレーションで設計するということですから、そうなって当然なのです。


設計は、「データを集め、パラメータを決め、次の工程に流す、という手順のつながり」と考えれば、縦のつながりを意識した仕事をすることで、組織全体の仕事の流れを大局的に見る視点が養われると思うのです。あなたの仕事を大きくし、「出世」するためにも、ぜひ必要な視点です。




長くなりました。まとめです。(1)は、生き延びていくための必要最低条件。(2)と(3)は、自分が成長し、よりワクワクする仕事を掴んでいくための、ヒント、とお考えください。私は、CAEのど真ん中というより、周辺を歩いている人間ですが、それでもCAEの未来は明るいと信じていますよ。


実は、昨日たまたま、ツイッターの#CAEjp #CCCmtg というハッシュタグで知り合った10名で八重洲に集まって飲み会をやりました。私だけ平均年齢上げていましたが、仕事を初めて1年や2年という方など若くて明るい、積極的な方々ばかりで、それだけで、CAEの未来は明るいぞと感じるに十分でした。


さん、CAEに従事している皆さん、ぜひ、いっしょに、この世界を盛り上げていきましょう!