品切れが起こるからくりとは?−過冷却と比べた相転移的考察

先に、「スーパーの品切れと渋滞の共通点=みんなが小悪魔」という記事をかいた。その中で、「買占め消費者は存在すると思うし、それは目立つ。他の消費者の買い心理を煽る効果は確かにあるだろう。けれども、全体消費から比べれば、彼らが買う総量は少ないと思う。買占め消費者の役割はむしろ、社会学の別な学問体系になりつつある複雑系理論でいうところの”臨界状態の中の種/刺激”に相当するだろう。」と書いた。

なぜ、こんな大層なことを専門家でもない私が言えるかというと、こんな本を読んで、触発されてしまったからなのだ。”歴史は「べき乗則」で動く”中でも、このフレーズがとても気に入っている「カオスの概念から物理学者は、実際には単純な物事が非常に複雑に見えるということを学んだが、一方臨界状態の概念からは、実際には複雑な物事が極めて単純な形で振る舞うということを学んだ。」(同書P342)。


歴史は「べき乗則」で動く――種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学 (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)

歴史は「べき乗則」で動く――種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学 (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)


大学の頃、相転移を勉強したので、臨界現象の不思議な性質についてはまだ、強く印象に残っていて、特に「臨界状態において生じる長距離秩序が、相転移を惹き起こす」ということが理論で示されているのは、驚きだった。この本では、臨界状態が、物理学の世界だけではなく、砂山、地震、山火事、生物の大量絶滅、金融市場の暴落、革命や戦争などの歴史の出来事等に見られる共通の現象であることを、説明している。


例えば自然現象の中でもっとも馴染みのある臨界現象は、水から氷への相転移時に起こる過冷却だ。水をゆっくりゆっくり冷却し、ぴったり0度を保つと、水でもない氷でもない混ざった状態になる。さらにゆっくりと冷やしていくと実は、すぐに氷にはならずに、まじりあった状態が続く。これを過冷却という。家でも簡単に実現する方法は、ビールや炭酸飲料を冷凍庫に入れて冷やしておいて、一部が凍り始めた状態で取り出してみるといい。炭酸により圧力が高くなっているから、0度以下でも凍っていない過冷却状態である。おもむろに栓を開けると、急激に圧力が下がるので、過冷却状態から一気に氷になる。


これをスーパーの品切れ現象と比較してみるとどうなるか、表にしてみる。

状態 品切れ現象
通常 いつでも買える
臨界状態 不安感 過冷却
種生成 買占め客 減圧/揺らす
相転移 朝で品切れ


この4つの段階を、納豆の個数を想定した品切れの相転移現象として説明してみよう。


1)いつでも買える=通常状態

  • 納豆供給量:1500個/日
  • 納豆需要:50人/時間 x 2個/人 = 100個/時
  • 提供可能時間:1500個 / 100個/時間 = 15時間 > 営業時間:12時間

供給が、わずかに需要を上回り、営業時間内に誰でも欲しい品物を購入できる状態
需要に変化はないが、消費者の心の中では、調理をしなくても食べやすい食材ということで、納豆を思い浮かべる人が増えて来る。


2)不安感の充満=臨界状態

  • 納豆供給量:1500個/日
  • 納豆需要:50人/時間 x 3個/人 = 150個/時
  • 提供可能時間:1500個 / 150個/時間 = 10時間 < 営業時間:12時間

開店後10時間で売り切れる状態となり、夜遅く来た客は買えず、不安感をいだく。一部の客は、明日は早めに来て買おうとか、いつもより多めに買わなくてはと考える。一方、店の方は、早めに売り切れるので、明日の仕入れを1800個に増やすことに決める


3)買占め客現る=種生成

  • 納豆供給量:1800個/日(ピーク時想定)
  • 納豆需要:75人/時間 x 4個/人 = 300個/時
  • 提供可能時間:1800個 / 300個/時間 = 6時間 < 半日で売り切れ

開店直後から、納豆を手にする人が増え、いつもの1.5倍の客が納豆を買う。さらに、1個買う人が2個買うようになり、平均購入数も通常時の2個から4個になる。結果1800個に増やしたにも関わらず、6時間で売り切れる。すべての客が、納豆の品切れに気付き、不安が増幅される。買占め客が現れるのは、この状態の時である。


4)朝で品切れ=相転移

  • 納豆供給量:1500個/日(ピーク時想定)
  • 納豆需要:200人/時間 x 2個/人 = 400個/時
  • 提供可能時間:1500個 / 400個/時間 = 3.75時間 < 午後早々に売り切れ

すべての店で需要が高まることから、供給量は1500個まで減る。一方、普段買わない客まで買うようになり、一人2個までと制限するものの、午後早々には売り切れる事態となる。ここに至ると、これ以上の店での対応は不可能となり、完全品切れ状態になる。大量買占めは不可能であるにも関わらず、皆が買うことで、朝で売り切れという、相転移状態になる。


相転移を元に戻すには、水の場合には温度を上げる。品切れ現象の場合は、(供給量を爆発的に増やすという手段を除き)、不安感を下げるということに相当する。相転移前までは、不安感は個人、家族、近所といった身近な範囲にとどまっていたものが、臨界状態になると、長距離秩序といって、不安感が一気に伝搬するする現象が起こる。これにより、相転移が起こり、皆が買い溜めに走るというわけだ。


社会の複雑現象を理解する一つの見方として書いてみた。
でも、こんな仮説や解説なんて、こんな時期になんの役に立つだろう。
自分が冷静になるためというのが、一番の効果かな。



===============================================================================================

・リンクを張っていただくのは、どのページでも自由です。

・本ブログ内のすべての情報(文章、写真、動画、イラストなど)の無断転載をお断りいたします。

・引用の際には、”慣行”の範囲内で「Shimamaro's Room」とURLを引用先として明記してください。

・Copyright(C)2010-2011 d.hatena.ne.jp/shimamaro All Rights Reserved.

・Never reproduce or replicate without written permission.

・Link free without any permission.

===============================================================================================