既存設計で勝つ方法論で究極の企業設計力を=Zero Design Cycle Time

ものづくりでは、通常、既存機能・技術8割に対し新機能・新技術が2割と言われる。購買上の外的差別化要因は、いかに、斬新で魅力的な新機能や新技術を他社に先駆けて搭載するか、であることは言うまでもない。発想・発見が求められるのも当然である。しかし、新機能・新技術も競合他社が実現すれば数か月ですぐに、8割を占める既存機能や技術に移行する。ここで考えてみよう。そのまま、既存機能や技術であると、日の目を見ない場所に押しやったままでいいのか、と。


この8割を占める既存機能や技術の活用を、8割の人材と時間とコストで実施するだけであるなら、なんら競争力はなく、2割の新機能・新技術に頼らざるをえない。しかも、新機能・新技術があれば必ずしも、競争に勝てるとは限らないし、勝てたとしてもその期間は短い。


そこで、既存機能や技術の活用を、8割ではなく、半分の4割の人材と時間とコストで実施できたらと仮定しよう。既存機能や技術であるから、原則、すべての製品に適用できる。このことをどう考えるだろうか?そんなことができるかって?


ITがとても役立つのは、実はこういうところなのだ。既存機能や技術を設計に適用するには、手順はわかっているし、データはすでにあるわけだから、標準化を行うことが原則可能であるはずだ。ITは、わかっている手順とデータを処理するのが大の得意である。熟練者が、10年、20年と経験して得た貴重な仕事の手順、禁則、ルール、データの見方、判断などを標準化に落とし込めたとしたら、とてつもない価値を持つ。「標準化」ができるということは、素早くできる、誰にでもできる、自動処理ができる、繰り返しが楽になる、人為ミスがゼロになる、など多くの利便性を生み出す。結果として、時間とコストと人材を大幅に節約できるし、設計品質もあがるといういいことづくめなのである。


これらをITで行うことが可能になったとしたら、熟練者を10人でも100人でも何人でも生み出すことができるということ。果たして夢物語だろうか?あり得ない?いや、あり得るのだ。私がこのブログの「2.1 シミュレーションと設計」シリーズで書いている記事は、実はこの文脈に沿っていて、私がお客様との仕事で経験してきたことやそこで学んだことを書いている。2月10日の記事「データの滞留をゼロにする、設計工程におけるJust In Time」も、原理的には標準化方法論の一つである。


そんな例なんて聞いたことがないという方は、「夢物語を実現したお客様は決してその成果を発表しない」、ということも考える必要があるだろう。革新的な成果であればあるほど、外には出てこない。ただしありがたいことに例外もあって、"Zero Design Cycle Time"というとてもナイスなネーミングのプロジェクトを実現しようとしている会社がある。たまたま公開されている資料をみつけたので、ここをクリックすると、PDFフィルがダウンロードできる。このプロジェクトを進めているのは、GE、Rolles-Royceと並ぶ世界3大ジェットエンジン・メーカ、Pratt & Whitneyという会社だ。最近では、日本の国産旅客機MRJに採用されたGeared Turbofanという革新的なエンジンを開発したことで有名である。*1


さて、この"Zero Design Cycle Time"のすごいところは、プロジェクト名が直接示すように、設計期間をゼロにする、という目標を掲げていることに尽きる。どうやってやるかって?ダウンロードできるPDFファイルにも書いてあるし、不肖、本ブログの「2.1 シミュレーションと設計」シリーズの記事も参考にしてほしいけれど、標準化、自動化を徹底的に行うということ。加えて、サンプリング手法・最適設計・ロバスト設計・トレードオフ最適化やらを、フルに活用している。おそらく、普通の会社では標準化など絶対に出来っこないというようなところまで、徹底してトライしているはずである。こういう野心的なプロジェクトを行うときは、常識に囚われていてはできないはずだから。


Zero Design Cycle Timeでは、このようにITを駆使し尽くすことで、パラメトリックに設計可能な組み合わせ、すなわち既存技術に基づく設計案を可能な限りクラウド・コンピュータで計算しデータベース化する。パラメータの組み合わせは膨大であるし、新たなパラメータも出てくるから、設計システムが探索計算の範囲を指示し、24時間 x 365日コンピュータが行うのだ。顧客からの要求仕様が出てきたら、その条件にその時点でもっとも合致する検討済みの設計案をデータベースから抽出してくるだけにする、ということで、Zero Design Cycle Timeなのである。


さらに、ダメ押しで重要なのが、既存設計はITシステムに任せ、少数の優秀な設計者に、発想を伴う新規設計とそれらが既存設計になった場合の標準化作業に従事させる、という目論見なのだ。きちっと、新規設計対応、新規→既存移行の方法も抑えているわけだ。いかがだろう。8割を占める既存機能や技術への対応を、半分どころかゼロ時間で行い、新技術を標準化へと流通させるという発想と実現プロジェクト。驚かれましたか?


さて、新機能・新技術が競合他社に実現されたとたんに、”陳腐化”するという言葉が使われるが、新機能・新技術だけに価値をおくとても誤った認識のしかたであることが、おわかりいただけただろうか。陳腐どころか、既存機能や技術を素早くエレガントに確実に実現するしくみこそが、確実に競争力のある企業体質を作る。企業設計力はそこにあると思う。ITは、そこに大きく寄与している。これこそ、ITの威力・使い方だと信じている。


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*1:Geared Turbofanがどんなにすごいかは、ここの記事「[http://wiredvision.jp/news/200804/2008041522.html:title=三菱重工も提携:Pratt&Whitney社の次世代高効率ジェットエンジンとは]」がわかりやすい。他にも、Wikiとか、たくさんWEBで検索できる。