CAE、合わせ込み精度、最適化に纏わる悩み

CAEに関するとても参考になる記事や情報をまとめている「CAE技術者のための情報サイト」に、少し(実は、かなり)気なる問い合わせが、サポート掲示板に掲載されていました。

最適化を試してみたいという筆者と、”上司は失敗する事を恐れているのか、まだ納得がいかない様子”という状況に対し、どうすれば説き伏せることができるだろうか、という趣旨です。全文は、「CAE導入プロジェクトの方針をめぐって」というタイトルの記事をお読みください。この問い合わせには、”CAEと最適化”に纏わる種々の課題や誤解が凝縮されているように思いましたので、私が気になっている点について、一つの意見として述べたいと思います。


1)”実機の挙動を完全に再現しきる事は難しく、課題を残しています”には、どう対応するか?
この点については、JIKOさんの回答はじめ、他の皆さんの回答に尽きるのではないでしょうか。全く同意します。CAEは数値的な仮定を内在しているわけですから、”完全に再現しきる”ということは、本来無理なわけです。本質的な挙動や傾向を必要な精度で再現することで、十分なのではないでしょうか。完全という言葉を使われているのがとても気になりました。



2)”実機との合わせ込みのような後追い的解析”は、正しいか?
元の文面を引用させていただくと、

CAEコンサル業者からはそろそろ実機との合わせ込みのような後追い的な解析ばかりに徹するのではなく、実機の最適化を試しにやってみても良い段階ではないか

実機との合わせ込みを、後追い的解析と解釈するのは、大きな誤りであると私は考えます。推測ですが、コンサル業者の方は、つじつま合わせのためのモデルチューニングのような作業と解釈しているのではないでしょうか。実機との合わせ込みは、シミュレーションの精度を高め、その適用範囲を定量的に把握するために、”事前に”行うべき作業であって、決して、後で無理やり合わせる作業ではないのです。本末転倒的ではないかと私は考えます。
そのような考え方の上で、最適化を行うのは、かえって危険ではないかとすら、思われます。厳しい言い方ですが、この点に関して言えば正しい方針で臨まない限り、どんな最適解が出ても、その正当性を上司に認めてもらうのは困難ではないでしょうか。*1



3)”まだシミュレーションの精度が不十分なのに、シミュレーション上で最適化を図ってみたところで、その答は信用できるものではない”は、正しいか?

最適化を行う前提として必ず指摘される典型的な考え方で、たいへんごもっとものように見えるのですが、この論理には落とし穴とと共に、最適化技術を有効活用するための気付きのポイントがあるのです。


まず、精度が不十分でも最適化技術は使えるということです。最適化を行うことの本来の目的は、着目している性能最大や重量最小などの(終点としての)最適解の絶対値のみを見るのではなく、(途中経過としての)最適解に至る応答値の傾向と設計変数の挙動や組み合わせを把握することのはずです。であれば、仮に応答値の精度が不十分であって(答えを信用できなく)ても、その解析現象を理解するには十分な情報が得られているはずなのです。



上司の言われる”答えが信用できるかどうか”という疑問には、1)精度の問題に加え、2)どうして最適解なのかという理由を明確に説明できる回答が、要求されるはずです。仮に、精度が完璧で、最適化アルゴリズムもその問題にぴったりで、文句なしの最適解を一つ見つけることができたとしましょう。報告書には、何を書くでしょうか?数学的な説明としての最適解の話をするのであれば、最適解である理由は、単に1000回探索したうちの残り999回の答えが、劣っているからというだけです。それ以上でもそれ以下でもありません。そうすると、仮に1001回目の計算が、いままでよりいいか悪いかと質問されることになり、数学的には、やってみるまでわからないという至極当然の、しかし、惨めな回答しかできないでしょう。
一方、設計上の理由として、例えば、特定の設計変数が優位に働いている、別のグループの変数の寄与はほとんどない、ある種のパターンでは従来の設計解しか導かれないが、今回は、新たな設計変数を追加することで、厳しい制約条件をクリアできる、等々の知見を得たうえで最適解が得られているということを示すことが、上司から求められていることではないでしょうか。そうすれば、1001回目の計算が必要かどうかを問われることはないでしょう。試作してみよう、という回答が得られるのでは。


こうした観点で考えると、実は、たいていの設計で行いたいことの8−9割の目的は、最適化アルゴリズムを駆使した最適解探索よりも、実験計画法などのサンプリング手法を駆使した、設計変数挙動の分析であることの方が多いのです。最終的に最適解の探索を行う場合であっても、前段階でサンプリング手法を実施することはたいへん重要といいますか、必須であると思います。やみくもに、最適化アルゴリズムをとっかえひっかえぶんぶん回して、最適解に振り回されることほど、効率の悪いことはありません。素晴らしい使い方をされている方や企業もある一方で、こうした悪例も見てきましたので、二の舞を踏まれないことをぜひ祈ります。


さて、このままだと長くなりそうですし、CAEと最適化に関連するテーマについては、このブログにいくつか書いてあるものがありますので、よろしければ、どうぞ下記をご覧ください。あくまでも、一つの考え方として、ご参考になれば幸いです。


最適解は失敗の学習結果

便利だが誤解を招く言葉「最適化」

サンプリングから学ぶ=攻撃の要は偵察にあり

最適解よりも、それを導くパラメータを把握せよ

設計という行為=設計空間を絞り込む

*1:ところで、掲載のご質問とは別の独立した話題になってしまうのですが、実験とシミュレーションの合わせ込み作業を、最適化技術を駆使してたいへん効率よく行うことができることはご存じでしょうか?最適化を行うために、合わせ込みをやっているのに、それを最適化できるってのは、どういうこと?というややこしい誤解を与えたらすいません。考え方はとてもすっきりしています。シミュレーション(CAE)に従事される方にとっては、とても便利で大切な技法なのです。このテーマではまだ記事を書いていないので、今度書くことにしましょう。